禁煙日記 9日目

 

ニキビができた。しかも耳のうえ、ちょうど眼鏡の蔓が触れる部分にできたのだ。眼鏡を掛けると痛い。煙草を吸うとニキビができるというならば、煙草を吸わなければニキビが減るという仕組みにしていただかないと困る。こっちはそういう期待も抱いて禁煙に勤しんでいるのだから。もしニキビが減ったら手術後も禁煙を続けようと思っていたがやめだやめだ。

 

ニキビとは長い付き合いで、物心がついたときからあるような気がするが、その真偽はともかくとしてニキビは常にぼくの敵であった。毎朝かつ毎晩、泡立てた洗顔クリームで顔を洗い、化粧水をペチペチしているのにそんなことはお構いなしとばかりにぼくの内側からニョキニョキと出てくるニキビの憎たらしさよ。

 

そんななか、高校生になったぼくはネットサーフィン中に気になる言説と出会った。マスターベーションをするとニキビが増える、逆にマスターベーションをしなければニキビが減る、というものである。なるほど、と思った。というのも、ぼくの性の目覚めは小学4年生のときに家の近くの用水路に捨てられていたエロ漫画を拾ったことであり、それ以来マスターベーションとは長いお付き合いだったからだ。たしかに言われてみれば、そのあたりからニキビができはじめたような気がする。ということは、マスターベーションをやめればニキビが無くなるのではないか。ぼくの胸は期待で膨らんだ。こうなったら物は試しである。さっそくその日からぼくはマスターベーションをやめた。そもそも性的に興奮してはならないということなので、エロコンテンツを忌避するようにした。

 

そして1ヶ月後、ぼくは驚いた。まったくニキビが減っていないのだ。それどころか新人が何人か鏡の向こうから手を振っている。何故だ。1ヶ月では効果はないのだろうか。およそ8年分のマスターベーションとはそれほどまでの重みを持つのか。ここで、さらに長い期間マスターベーションを禁止することもできたであろう。しかし、実はその1ヶ月のあいだにある問題が発生していたのだ。

 

夢精である。夢精とは寝ているあいだに何らかの原因で射精してしまう現象である。十数年生きてきてほとんど経験してこなかった夢精が、なんとその1ヶ月間で3回も発生したのだ。夢精が起こると何が困るのか。汚れた下着の処理に困るのである。高校生のぼくは実家暮らしだったので、朝に洗濯機で洗濯するという選択肢はなかった。母親にバレたくなかった。隠れて洗っても干す場所がない。だから、夜中に下着の汚れた部分だけを重点的に洗い、ドライヤーで乾かした。夜中の2時ごろに洗面台でひたすら下着を擦っていると虚しさと惨めさに押しつぶされそうになった。母親の睡眠が深いことだけが救いだった。

 

そういうわけで、ぼくはマスターベーションを再開した。ニキビは今日も元気にぼくの顔でピクニックしている。毎日の洪水にもへっちゃらなこいつらはきっと無神論者だろう。だから神は存在するのだということを見せつけなければならない。院試が終わったら今まで頑なに行くことを拒んでいた皮膚科に行くつもりだ。何故今まで頑なに拒んでいたかというと、単純に病院そして医者というものが総じて嫌いだからである。しかしそうも言っていられない。昨年ははじめて美容院に行った。今年をはじめて皮膚科に行った年にしてみるのも悪くないだろう。

 

今回まったく煙草に関係ないな。