禁煙日記 18日目(2回目)

 

恋人は眠りながら会話ができる。恋人と一緒に眠ると、かならずぼくの目が先に覚める。すると恋人は目を開けないままぼくが起きたことに気がつくようで、その日に見た夢の話をしはじめる。たとえば、トロンボーンと大根が同時に空から降ってくる夢。トロンボーンを受け止めたら、大根が地面で砕け散ってしまったことを泣きながら話してくれた。実際は、もっと支離滅裂な会話からはじまる。

トロンボーン選んじゃった......」

「他には何があったの?」

「大根」

そして、質問を繰り返すことで徐々にそれらが空から降ってきたことなどが分かるのだ。

 

ある日の朝、恋人は眠りながら泣いていた。夢のなかでぼくが先に死んでしまったので寂しく、悲しくなったらしい。あまりにも悲しげに泣くのでぼくは

「大丈夫。Kさんより先には絶対死なないよ」

と言った。

すると恋人が、ほんとに? ほんとに? と尋ねてくるので、何の保証もないしその気もないけれども、とりあえず今の悲しみを和らげたい一心で、ほんとだよ、ほんとだよ、と繰り返した。恋人は徐々に泣き止んで笑顔になった。

「わたし、死んだらいちばん偉くない天使になるの。使いっ走りの天使」

「使いっ走りの天使?」

「死んだ人を真っ先に迎えにいく天使なの! 死んじゃったら西村くんと会えなくなっちゃうの、寂しいの。だから使いっ走りの天使になるの! そしたら、死んだ西村くんと天国でいちばん早く、誰よりも先に会えるでしょ! 西村くんが死んだらすぐに迎えに行くからね」

 


ぼくが恋人より先に死のうが後に死のうが、どちらにせよ寂しくなっていることにツッコミを入れるのは野暮だろう。ぼくは恋人を寂しくさせたくないが、どちらにしても寂しくさせてしまうようだ。それなら天使になった恋人に迎えに来てもらう方がいい。だから少なくとも恋人よりは長く生きたい。そのために禁煙を続けるというのも悪くはないなと思いはじめている。