補遺1:ミシェル・ウエルベック「(C'est comme une veine qui court sous la peau)」訳と解釈

この記事は、「カモガワGブックス vol.1 非英語圏文学特集」に西村トルソー名義で寄稿した「恋愛資本主義社会のミシェル・ウエルベックーー革命、闘争、中断/静止」の補遺です。この記事は単体で完結していますが、本誌と合わせてお読みいただくとさらにおもしろいと思います。

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本誌は、C96日曜西こ30bの京大SF研ブースや福岡のajiroさん(http://www.kankanbou.com/ajirobooks/)で購入できるほか、booth(https://hanfpen.booth.pm/items/1476651)にて販売される予定です販売中です。

 

 

 

Poesie: avec Configuration du dernier rivage

Poesie: avec Configuration du dernier rivage

 

 

(C'est comme une veine qui court sous la peau)

Michel Houellebecq

 

C’est comme une veine qui court sous la peau, et que l’aiguille cherche à atteindre,

C’est comme un incendie si beau qu’on n’a pas envie de l’éteindre,

La peau est endurcie, par endroits presque bleue, et pourtant c’est un bain de fraîcheur au moment où pénètre l’aiguille,

Nous marchons dans la nuit et nos mains tremblent un peu, pourtant nos doigts se cherchent et pourtant nos yeux brillent.

 

C’est le matin dans la cuisine et les choses sont à leur place habituelle,

Par la fenêtre on voit les ruines et dans l’évier traîne une vague vaisselle,

Cependant tout est différent, la nouveauté de la situation est proprement incommensurable,

Hier en milieu de soirée tu le sais nous avons basculé dans le domaine de l’inéluctable.

 

Au moment où tes doigts tendres petites bêtes ont accroché les miens et ont commencé à les presser doucement

J’ai su qu’il importait très peu que je sois à tel moment ou à tel autre ton amant

J’ai vu quelque chose se former, qui ne pouvait être compris dans les catégories ordinaires,

Après certaines révolutions biologiques il y a vraiment de nouveaux cieux, il y a vraiment une nouvelle Terre.

 

Il ne s’est à peu près rien passé et pourtant il nous est impossible de nous délivrer du vertige

Quelque chose s’est mis en mouvement, des puissances avec lesquelles il n’est pas question qu’on transige,

Comme celles de l’opium ou du Christ, les victimes de l’amour sont d’abord des victimes bienheureuses

Et la vie qui circule en nous ce matin vient d’être augmentée dans des proportions prodigieuses.

 

C’est pourtant la même lumière, dans le matin, qui s’installe et qui augmente

Mais le monde perçu à deux a une signification entièrement différente;

Je ne sais plus vraiment si nous sommes dans l’amour ou dans l’action révolutionnaire,

Après que nous en avons parlé tous les deux, tu as acheté une biographie de Maximilien Robespierre.

 

Je sais que la résignation vient de partir avec la facilité d’une peau morte,

Je sais que son départ me remplit d’une joie incroyablement forte

Je sais que vient de s’ouvrir un pan d’histoire absolument inédit

Aujourd’hui et pour un temps indéterminé nous pénétrons dans un autre monde, et je sais que, dans cet autre monde, tout pourra être reconstruit.

Le sens du combat, 1996

 

 

 

(それは肌の下を走っていて……)

ミシェル・ウエルベック

 

それは肌の下を走っていて針が達しようと努めている静脈のようであり、

誰も消したがらないほど美しい火事のようである、

肌は凝り固まっていて、ところどころはほとんど青色である、しかしながら、針が入り込む瞬間に新しさが溢れる、

ぼくたちは夜を歩いていて、その手は少し震えている、しかし、その指は求め合い、その眼は輝いている。

 

台所は朝であり、諸々はいつも通りの場所にある、

窓の向こうに廃墟が見え、流しに空の食器が散らばっている、

それでも、あらゆるものが異なっている、立場の新しさはまともにははかり知れない、

昨晩のただなか、きみの知っての通り、ぼくたちは抗い難いものの領域に移行した。

 

きみの優しく小さい愚かな指がぼくの指を捕まえ、それらを優しく押し始めたとき、

ぼくはそのような瞬間にはいつでも、きみの愛人であるということがほとんど重要でないと知り

何かが形作られるのを見た、それは今まで通りの分類では理解できなかった、

ある生物学的な革命のたびに、新しい天が、新しい地球が真に存在している。

 

ほとんど何も起こらなかった、それでもぼくたちはめまいに襲われる

何かが動き始めた、それは誰しもが妥協するしかない力だ、

阿片の、あるいはキリストのそれらのように、愛の犠牲者はまずもって至福な犠牲者だ

そして、ぼくたちのなかを巡る生は、今朝、途方もなく増やされたところだ。

 

しかしながら、その朝、居着いて増大するのは、同じ光だ

しかし、ふたりで知覚された世界は、まったく異なる意味を持つ、

ぼくにはもはや、ぼくたちが愛のなかにいるのか、あるいは革命的な行動のなかにいるのか、本当に分からない、

ぼくたちがふたりでそのことについて話した後、きみはマクシミリアン・ロベスピエールの伝記を買った。

 

諦めが死んだ皮膚から難なく出てきたところだと、ぼくは知っている、

その出発によって自分が信じられないくらい強い喜びで満たされると、ぼくは知っている、

歴史の完全に斬新な一面が始まったところだと、ぼくは知っている

今日から無期限のあいだ、ぼくたちは別世界に入り込もう、そして、この別世界では、すべてが作り直され得るだろうということを、ぼくは知っている。

 

 

 

解釈

 全体的なテーマは愛と革命である。ウエルベックは、この詩において、歴史上の諸革命を個人の外側の世界を変えようとして失敗したものだと捉えており、それに代わるものとして、個人の内側の世界を変えるものとしての愛の革命を提示する。この詩は革命の失敗の繰り返しから愛の革命によって脱却を試みるさまを描く。

 

 第1連に出てくるce「それ」のはじめふたつは、肌の下にあり、近付くことを欲しているが近付くためには身を危険にさらさなければいけないものであり、達することに成功すると、un bain de fraîcheur「新しさが溢れる」ものであることから、第6連に出てくる、un autre monde「別世界」であると考えられる。un autre mondeが個人の内側に現れるものであることには、あとで触れる。

 この詩において、la peau「肌」は個人の外側と内側を隔てる境界線かつ外部を知覚するための器官として用いられている。それが凝り固まっているということは、知覚能力の低下を示している。ところどころ青いのは何度も針を刺したせいであろう。ここでのl’aiguille「針」は薬物摂取のためのものであると考えられるが、世界を変えるもの(すなわち、革命)の象徴として機能している。つまり、世界を変えようと多くの革命が行われたせいで、身体(フランスのメタファー?)が疲弊している。しかし、針が入り込む瞬間、つまり革命勃発時には、そのような過去は忘れ去られて、革命により生まれたun autre mondeをfraîcheurが溢れるようなものとして感じてしまう。そして、この詩においても、また何らかの革命が発生する。また、「針が入り込む」は性的なメタファーでもあると考えられ、今回の革命の発生要因は、je「ぼく」とtu「きみ」の性的交渉であると思われる。

 4行目で、手が震えているのはそのようにして生まれた新たな状況に緊張しているからだ。しかし、知覚のための器官である「指」と「眼」は活性化している。ここで外側の知覚が可能になっているが、それらは互いを知覚することだけに使われている。

 

 第1連から一夜明けて第2連が始まる。最初の2行で、外側は変わりないということが示される。そして、cependant「しかしながら」以降は変わったものについて記述される(ちなみに、この詩において、逆接は、記述の対象が、変わるものから変わらないもの、またその逆に変わることを示している)。外側は実際には変わっていないが、jeにとってはすべてが今までと異なっている。それは、jeとtuのあいだに愛が発生し、それにより関係性が変わったために、jeのla situation「立場/状況」が新しくなったからだ。その変化は昨晩発生したものであり、jeだけでなくふたり一緒でのl’inéluctable「抗い難いもの」=「愛」の領域への移行によるものである。

 

 第3連は第1連の4行目と同じく、知覚の活性化と限定を示している。第5連でふたりは一体化するが、一体化のためには互いが知覚されないといけないということが、これらのことから読み取れる。またその活性化の要因は第一連の「針が入り込む」ことである。

 2行目と3行目では、世界を変える未知のquelque chose「何か」、つまり愛が形作られる。それは、正規の関係ではない愛人関係のなかで生まれたが、jeにとってそんなことはどうでもいいことであった。

 ここで注目しておきたいのは、4行目でvraiment「本当に」といちいち念を押していることだ。まるで奇妙なものを見た子供の主張のように、本当であることを執拗に強調する。このことから、新しいcieux「天」やterre「地」があるというのはjeの思い込みであり本当にはないのではないのか、と考えられる。つまり、実際には外側は変わっていないが、内側が変わったjeにとっては変わったように見えているのだ。

 

 第4連。ほとんど何も起こらなかったということは、何かが起きたということであり、それは妥協せざるを得ないような力が動き始めたということである。その結果、ふたりはめまいにとらわれる。妥協せざるを得ない力というのは、愛のことであり、それはふたりそれぞれに生じるので、des puissancesと複数形である。めまいというのは、その愛の輝きによるものであり、盲目を生む。それは、ふたりそれぞれの知覚の消失を表しており、愛が生まれたのちには、外部が必要なくなることを示している。

 阿片は身体に害である。キリストは信者をみな罪人とする。しかし、両者はどちらも幸福を与える。それと同様に、愛は、犠牲は伴うが幸福を与えるものである。

 そして、ふたりの生命力(生きる意味?)は増大する。

 

 第5連、pourtant「しかしながら」により、話が外側に移る。今まで見たように内側に大きな変化が生じたにもかかわらず、朝の光は今までと変わらない。mais「しかし」により、話が内側に移る。外側の世界そのものに変化はないが、「ふたりで」知覚され内側で構成された世界は、今までとはまったく異なる意味を持っている。ここで、愛による一体化が起こっている。それぞれの知覚は消失したが、一体化したふたりの知覚が発生している。また、革命はひとりではなしえない。そして、一体化と世界を変えるものという特徴を持った愛と革命は、見分けがつかなくなる。愛は革命である。

 その後、tuがロベスピエールの伝記を買うのは、革命の失敗を知ることにより、愛の終わり方を知り、それを避けるためではないだろうか。ここで、ただ革命を失敗まで含めて繰り返していた人が、歴史に学び、歴史に参加する。つまり、革命をはじめとする過去の出来事を共時的にしか把握していなかった人が、通時的に把握するようになったということだ。

 

 第6連、皮膚は死んだ。これはふたりそれぞれの(あるいはje個人の)外側の知覚が完全に失われたということであり、外側を捨て去ったということだ。それがla résignation「諦め」である。今までは、外側の世界を変えることを諦めきれなかった。しかし、愛を知ったことにより、もう外側の世界を変える必要はなくなった。それは喜びを生む。

 un pan d'histoire absolument inédit「歴史の完全に斬新な一面」とは、一体化したふたりで歴史(ロベスピエール)を参照することによって生み出された、新たな歴史の筋道、つまり革命が失敗しないという未来である。その未来に向かう道のりが始まった。

 そして、今日から無期限の間、ふたりは別世界に入り込む。その別世界とはもちろん、第5連のle monde perçu à deux「ふたりで知覚された世界」のことである。これが、第1連に関するコメントの部分で、un autre mondeが内側に現れるものだと書いた理由だ。そして、そこではすべてが作り直され得るであろう。つまり、革命は成功する。ここで注目したいのは、第1連で出てきたpénétrerが再び使われている点だ。つまり、ふたりは針=革命となった。今までは、他の針を刺してきて失敗していたが、今回は自らが針となることで成功に至る。

 

 しかし、本当に成功するのだろうか。ふたりは一体化したはずであるのに、第六連ではjeが乱発される。また、第三連のvraimentと同様にje sais que「ぼくは知っている」にjeの思い込み、独りよがりを感じる。そして、ふたりが針になったことにも注目したい。この詩は、円環構造になっていると考えることができる。つまり、針となったふたりは、その後、その他の針と同じようなものになっていく。そして、革命を何回も実感するために、自らを刺し続けた結果、肌は凝り固まる。jeは別の女性との間に、新しい愛を見つけ出す。そのように考えると、révolutions「革命」が複数形であることにも納得がいく。つまり、愛という生物学的な革命は何度も起きるものであり、そのたびごとに新しいcieuxや新しいterreが存在するようにjeは感じるのだ。

 

 以上のことより、この詩は、愛ですら世界を変えることはできないという、ウエルベック的絶望が表現されたものであると考えられる。